そんなある日、出会ったのが、
【無名で、終わるな。】というコピー。
くさくさしていた当時のわたしが、最も言ってほしかった言葉でした。
http://www.advertimes.com/20140707/article163272/
ぼくらは一生をスナック菓子と共に終えるのではないでしょうか。
東京に戻ってきて、なんということでしょうか、
テレビを細切れに、いっぱい観ている。
録画したものやら、オンエアのもの、
年末年始の数日間の何倍ものものを次々に観た。
そして、ネットにつながっている時間もおおいに増えた。
こうして、いくらでも時間は流れていきます。
ちょっとつまみやすくて、身体やこころに害が少なくて、
ついつい続けて手が伸びてしまう「情報」が、
いくらでも、どこでも、ただのような値段で手に入る。
ぼくの、いまいる場所を、
巨大なプールにたとえるならば、
ここにあるのは水ではなくて、スナック菓子です。
食事の代わりに、しようと思えばなる。
口当たりがよくて、けっこうおいしい。
どんどん手が伸びてしまって、やめられなくなる。
みんながもぐもぐ口を動かしている。
安いし、新しい味もどんどん登場してくる。
でも、みんなが、食事よりもちょっと下に見ている。
このスナック菓子が満々とたたえられたプールで、
ひっきりなしに手を伸ばし口を動かし、
なにか大事なことをしているような気にもなっている。
冗談のように言うのですが、
ぼくらは、毎日ひっきりなしにスナック菓子を食べ、
一日中、一所懸命にスナック菓子をつくり、
スナック菓子について考え、スナック菓子を評価し、
一生をスナック菓子と共に終えるのではないでしょうか。
冗談にしても、なんか脳にまとわりつくような冗談です。
東京にもどったとたんに、ここはスナック菓子の都だ、
と感じてしまったのですが、
落ち着いて考えれば、やっぱりバランスですよね。
このプールに浮かんでいて山盛りになってるのは、
たしかにスナック菓子なんだけど、
困るのは、「そればっかり」になることですもんね。
情報にしても、人との関係にしても、食事にしても、
娯楽にしても、身の回りのものにしても、服にしても、
スナック菓子的なものを、何%にするかってことですね。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
安くて、どこでも手に入るというのは、実に強いもんなぁ。
via ほぼ日 http://www.1101.com/home.html
テレビを細切れに、いっぱい観ている。
録画したものやら、オンエアのもの、
年末年始の数日間の何倍ものものを次々に観た。
そして、ネットにつながっている時間もおおいに増えた。
こうして、いくらでも時間は流れていきます。
ちょっとつまみやすくて、身体やこころに害が少なくて、
ついつい続けて手が伸びてしまう「情報」が、
いくらでも、どこでも、ただのような値段で手に入る。
ぼくの、いまいる場所を、
巨大なプールにたとえるならば、
ここにあるのは水ではなくて、スナック菓子です。
食事の代わりに、しようと思えばなる。
口当たりがよくて、けっこうおいしい。
どんどん手が伸びてしまって、やめられなくなる。
みんながもぐもぐ口を動かしている。
安いし、新しい味もどんどん登場してくる。
でも、みんなが、食事よりもちょっと下に見ている。
このスナック菓子が満々とたたえられたプールで、
ひっきりなしに手を伸ばし口を動かし、
なにか大事なことをしているような気にもなっている。
冗談のように言うのですが、
ぼくらは、毎日ひっきりなしにスナック菓子を食べ、
一日中、一所懸命にスナック菓子をつくり、
スナック菓子について考え、スナック菓子を評価し、
一生をスナック菓子と共に終えるのではないでしょうか。
冗談にしても、なんか脳にまとわりつくような冗談です。
東京にもどったとたんに、ここはスナック菓子の都だ、
と感じてしまったのですが、
落ち着いて考えれば、やっぱりバランスですよね。
このプールに浮かんでいて山盛りになってるのは、
たしかにスナック菓子なんだけど、
困るのは、「そればっかり」になることですもんね。
情報にしても、人との関係にしても、食事にしても、
娯楽にしても、身の回りのものにしても、服にしても、
スナック菓子的なものを、何%にするかってことですね。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
安くて、どこでも手に入るというのは、実に強いもんなぁ。
via ほぼ日 http://www.1101.com/home.html
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