「なにがよろこばれるか」を探すよりも先に、「人って、どういうことをよろこぶんだろう」のほうが、ずっと大事なことなのだと思うんです。

いろいろとうまく回っていることについて、
 「どうしてうまく行ってるんでしょうね」と、
 人々はよく考えたり質問したりしています。
 ぼくも、じぶんがやっていることについても含めて、
 いっしょに考えているのですが、
 その答えのほとんどは、同じになります。
 「人がよろこぶことをやっているからじゃない?」
 なんとまぁ、単純なことでしょう。
 その単純な答えに、あえてちょっと付け加えるとしたら、
 「そして、じぶんもたのしいんだろうね」があるかな。

 いちいち、例をあげて説明するのはめんどうなのですが、
 逆に考えたら、さらにわかりやすいかもしれない。
 「どうしてうまく行かないんでしょうか?」
 「人がよろこぶことをやっていないかな?」です。
 そして、ちょっと付け加えるならば、
 「じぶんも、たのしくないんじゃないか?」
 ということになるでしょう。

 いいことをしているのに、うまくいかない。
 みんながやるべきことなのに、手伝ってくれない。
 これは、「いいこと」だったり「正しいこと」だけど、
 たぶん、「人がよろこぶこと」じゃないのでしょう。
 そして「くるしそうに」やっているのが見えたりもする。
 
 「人がよろこぶことをやっている」というのは、
 かならずしも、人たちに「なにがうれしいですか?」と
 訊き回ってそれを実現することとはかぎりません。
 「だれかがおもしろそうにはじめたこと」を、
 人々がよろこぶようになるということは、
 世の中にいくらでもあるわけでして。
 早い話が、みんなに大人気のパンダでも、
 最初は「見たこともないどうぶつ」として登場しました。
 「なにがよろこばれるか」を探すよりも先に、
 「人って、どういうことをよろこぶんだろう」のほうが、
 ずっと大事なことなのだと思うんです。

 ドラッカーさんが言った「顧客の創造」とは、
 つまり「人びとがよろこぶことを生み出そう」です。
 人がよろこぶことが、うまくいくこと‥‥ですよね。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
余計なことを考えるよりよろこびについてのみ考えること。