ぼくの中では、どうしてもやっぱり過去の人になってしまってたんだけど、キヨシロウについて、イトイさんがほぼ日で書いてたのでメモ。
RCもTIMERSもHISも好きだった。RCは中学時代、COVERSをなんとなく近所のレンタルCD屋で借りたっけ。イマジンはこの人の曲だと思ったし、変な曲だなぁ、と思った。黒く塗れ、ってのもあったっけ。TIMERSは僕ら世代はやっぱりCMのdaydream believer、嫌いなカラオケでもこの曲はいつまでも歌えるなぁ。
今は本当に過去の人になってしまった(語弊があったらすみません)けど、やっぱりぼくの音楽人生に大きな(良い意味での)傷跡はバッチリ残していったので、やっぱり定期的に聞きたくなるだろうと思うし、死ぬまで聞いていくんだろうなぁ。ちょこちょこドキュメンタリーも見て、あー、そんな一面もあったんだな、と、いろいろ気付かされてます。ロックンロールではあまり語りたくないけど、そういうものなんだろうな、ロックって。やっとゆっくり書けた。
以下、ほぼ日より転載。
そういうことが、ことばの世界でもあります。
たとえば、「おまえが好きさ」というのも、
「愛しあってるかい」というのも、
どこにでも転がっている安価な既製服です。
そして、それを、ほんとうに見事に着こなすと、
なんだかとても素晴らしいものになります。
ありふれたものを、
素晴らしいものにまで輝かせるためには、
安っぽい既製服であることを、わかっていて、
そのことを隠さずに着こなすことが大事です。
その安い既製服をメディアにして、
そのうえに、じぶんだけのたましいを乗せるのです。
どんな服でも、おれが着たら、おれの服なんですね。
若い人というのは、そうやって、
じぶんを伝えるんだと思うのです。
それをロックと言うのかもしれないです。
道端に落ちているものに、じぶんのなにかを乗せて、
「なんだかすっごいもの」に変えちゃうなんて、
誰にでもできるはずで、なかなかできることでもない。
道に落ちている石ころが、心臓に当たれば、
人が倒れてしまうくらいの力になります。
忌野清志郎という無口な人が、
「ありふれたことば」に乗せた、
豊かで若々しいたましいは、
ぼくにもずいぶんたくさん当たって、
ぼくは何度も倒れました。
やっと、好きだった歌を聴いたり、
歌詞を思い出してみたり、友人と語ったりが、
できるようになりました。
しかしなぁ、誰かが「いなくなる」なんて思って、
ぼくらは生きてないものなぁ。
ひとりのファンとして、この先も、
キヨシローくんのいいところを発見し続けたいです。
音楽は、生きているまま、ぜんぶ残ってますから。
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