「なにがちがうんだろう?」と考えることが、
とにかく重要なんだと思ってるんです。
たとえば、家でつくったチャーハンと、
腕のいい中華の料理人がつくったチャーハンは、
「なにがちがうんだろう?」
料理の雑誌や本に、けっこう詳しく書いてあるのに、
やっぱりちがうものができちゃう。
「これで同じようなものだ」と満足するのも方法です。
それでおいしいのなら、それでいいと思うんです。
そして、「なにがちがうんだろう?」と、
しつこく考え続けるのも方法です。
方法は同じなんだけど、材料の仕入れ先がちがうとか、
器具がちがうんだとか、まだ秘密が隠されてるとか、
実は技術の差がものすごく重要なんだとかね。
「なにがちがうんだろう?」と考えることの前には、
「なにかがちがう」と気づくことがあります。
ほんのちょっとした「ちがい」しかなくても、
その「ちがい」が見逃されていたら、
「もっとよくなる」ことは無理でしょう。
目に見えるもの、見えないもの。
ちょっとした匂い、感触のちがい、温度のちがい、
さらにはことばにできない「なんとなく」のちがい。
違和感というものが発見されるところから、
新しいいいものや、いいことが始まるんですよね。
・おもしろいことに、じぶんのいいところについても、
「なにがちがうんだろう?」が
発見できないことも多いんです。
じぶんのやっていることが、とてもうまくいってる。
どうしてうまくいってるのか、他の人たちと、
「なにがちがうんだろう?」と考えてみても、
なかなかそれが見つからないと思うんですよ。
「失敗に学ぶことはたくさんあるけれど、
成功に学ぶのはなかなかむつかしい」ということかもね。
「なにがちがうんだろう?」なんだか、
ぼくは、そんなことばかり考えているような気がします。
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