打率のいちばん高い選手は、
首位打者としての栄誉を得ることができるのだけれど、
率を下げないために出場をしないという選択もありうる。
しかし、ヒット数というのは、
機会が増えるたびに、ただただ足し算で増えていくから、
続けて何本も打てることだってあるし、
打席に立っているかぎりは減ることはない。
いつでも、頭のなかの割り算を忘れて、
具体的に「ヒット」を打つというシンプルな方法は、
じぶんが「なにをするべきか」を明確にしてくれる。
他のことでも、同じようなことは言えると思うのだ。
いわゆる、よくモテる男などは、
ふられることを怖れずに、女性にアプローチする。
何人口説いて、何人にふられたとしても、
ひとりでもふたりでも相手にしてくれる人がいるなら、
それは、望みが叶ったということだからね。
逆のケースは「参加しない、つまり口説かない」だ。
アウトになるのがいやだから、打席に立たない。
実際に打席に立ってはいないのに、
「あわよくば」という期待があるのが図々しい(笑)。
「興味なかったんだけど、口説かれちゃって」とかね。
そんなの、一等の宝くじが風で飛んでくるような話だぞ。
打席に立たないけれど「ああでもないこうでもない」と、
知ったような評論をしたり、試合中の選手に対して、
欠点を指摘したりするようなことも、よくあるしねー。
・積み重ねるヒットを打つために、いまなにをしたらいい?
それしかないんじゃないかと思うんだよね。
他の人が打ったヒットの資料をゴマンと読んだところで、
打席に立たなきゃ、ボールを投げてももらえない。
ぼくも、それなりに長く生きているうちには、
たくさんの別れも経験してきて、強く思うことがある。
「人の一生っていうのはさぁ、なにを言ったかじゃない。
なにをしたか、それに尽きるんだよ。
いいこと、親切、冒険、人騒がせ、仕事‥‥」
なにを言ったかは、やったことの索引にしか過ぎない。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
評価とか評判なんてものも、打率に似てるかもしれないね。
from ほぼ日
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